メンバー紹介①
- henkaku5
- 5月8日
- 読了時間: 3分

①名前 ぼぼ
②入局 JAM結成1999年9月9日から
③これまでの経歴
こどもの頃何度か転居があったためか、同じ環境に長くいると飽きてきてしまう。単に長続きしない、怠け者という生来の気質によるものだけかもしれないが... 振り返ると、JAMの前身組織から、教育宣伝、青年活動、女性活動、業種別部会、産業政策、国際、といろいろ携わってきた。途中、休職したり、外部組織に出向するということもあった。長くこの世界に身を置いてこられたのは、さまざまな場面で、組織内外の多くの方々に助けていただいたからだと思っている。
④意気込み
組織変革がプロジェクトとしてスタートしたのは2019年。さまざまな方々に議論に参加していただき、「小さな成功」を積み重ねていこうというコンセプトで進めてきたが、動きが見えないなどのご意見をいただいている。今年度から新たなメンバーで、オーガナイジング・プロジェクトという組みがスタートした。個人的には書くことにハードルがありどこまで発信できるか未知数だが、プロジェクトの活動を少しでもこの場で共有していければと思う。
⑤自由記述
特にこれという趣味もない。強いて言えば散歩とか街歩きだが、寒さに弱く、冬は引きこもりの生活を送ることになる。出身が東日本だからという訳ではないが、上野界隈を散策することが比較的多い。
昨年末は普段よりも頻繁に外出した。上野の辺りを歩いていると、「イコン展開催中」が気になり、はじめてのアトリエに立ち寄ってみた。店主の女性が丁寧に説明をしてくれた。なんとなくその姿勢に好感を持ち、自宅に帰り、ウェブサイトを検索した。扱っているアーティストを見ると、聞いたことのある日本人の名前があった。しばらくして、「あー、あの猪熊弦一郎さんか」と思い出した。芸術や絵画についてはまったくの素人で、何をどう説明したらよいのか知識は皆無だ。昭和時代の画家ということくらいしか言えない。なぜ聞き覚えがあるのかといえば、高校の先輩だからだ。先輩といっても、ウィキペデイアによると1902年の生まれとなっており、一緒に高校時代を過ごしたこともなければ、お会いしたこともない。地方の公立高校にとって世界的に活躍した芸術家が卒業生にいるということは、とても誇らしいことで、折に触れその名前は教師から伝えられていた。入学時にご本人から寄贈された作品の説明はあったのだろうが、記憶はゼロだ。当時から私にとって芸術とはよく分からないもの、近づけないものだった。
アトリエのウェブサイトに掲載されていた、数人の顔が描かれた絵が楽しそうだった。調べてみたところ、猪熊さんは、生涯、新しいことに挑戦し続けた人だったらしい。後日アトリエを再訪し、事情を説明して作品をみせてもらった。愉快であり、どこか規律のようなものも感じるその絵は、オフセット印刷で私にも手の届く金額であった。あれこれ悩んだ末に購入した。今は自宅にあるその絵は、気がつけば半年も経たないうちに空気のような存在になっている。ときどき目を向けて挑戦し続けた精神に思いを馳せよう。




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