メンバー紹介③
- henkaku5
- 5月21日
- 読了時間: 4分

①名前
盛り塩
②入局何年目?
4年目
③これまでの経歴
愛知県常滑市という、窯業と競艇場と国際空港がある「どえらげない狭いコミュニティ」(;Tokona-X)を出たあと、大学から大学院までおおむね東京の西の方に住んできた。2年ほど前に、23区の東の方に引っ越して、いまだに有料ゴミ袋がいらないことに驚いている。
経歴は比較的特殊だと思われる。というのも、社会学で博士号を取得した後にJAMに入ったからだ。たぶん、似た経歴の人はほとんどいないはず。大学院時代は、非常勤講師や、病院の夜勤、プラスチック加工の工場夜勤などで学費と生計費を稼いできた。夜勤を数年続けて、てきめんに自律神経がおかしくなったので、長年三交代勤務をされている方に対する尊敬の念がある。
大学院生活は恵まれていた。学費免除と中和寮という大学院寮(寮費5,900円)のおかげである。周りの仲間のおかげで、決して実家が太くない自分でもなんとか生きてこれた。仲間をつくって(酒とたばこを片手に)思いをぶつけあって、議論をして、みんなで動くことの大切さを学んだ。
④組織変革への意気込み
組織を変えるということは、一筋縄ではいかないことだと感じています。なんにでもてきめんに効くような銀の弾丸はなく、多くの人を巻き込んで一歩ずつ、変化した先のかたちが見えるようになるまで登っていくようなプロジェクトに、わくわくを感じています。
⑤自由記述
さて、何を書いてもいいと言われたので、本当に何でも書くとする。
さて、「他人は変えられない。あなたが変えられるのは自分自身だけだ。もしも何かを変えたいのであれば、自分が変わるべきだ」。[1]
この言葉を、一度は耳にしたり読んだことがあるのではないだろうか。「他人を変えようとするな、変えられるのは自分だけだ」という考え方は、もはや一種の常識のように広まっている。組織の変革が難しいゆえんである。だが、この言葉には奇妙な自己矛盾が潜んでいる。順を追って確認していこう。
まず、言われていることを一文ごとに分けると次のようになる。
①他人は変えられない ②変えられるのは自分自身だけだ ③もしも何かを変えたいのであれば、自分が変わるべきだ
もしもこの①と②を「事実の記述」として読むなら、単純に誤りである。額面通りに受け取るならば、これは「すべての人間は他者を変えることができない」という全称命題である。だが、これは明らかに間違っている。親は子を変え、教師は生徒を変え、社会運動家は社会を変える。「他者を変えることは不可能だ」ということはない。すくなくとも一つ以上の反例をあげることができる。
では、事実の記述ではないとすればどうだろうか。この言葉は、カラスは黒い、といったたぐいのものではない。私たちが日常的に使う言葉として、事実の記述のほかに「手を挙げろ」や「陰口をやめてほしい」などといったものがある。これは、相手に特定の行動をとらせることを意図しており、この意図が実現したかどうかが、正しいか間違っているかとは別に、重要になる。
さて、この言葉について考えると、受け取った人の考えを変えることを意図しているとはいえないか。つまり、他者(あなた)を変えようとする発話行為として機能しているのではないか。
この発話行為が成功するときのことを考えよう。つまり、この言葉を読んだある人が、「そうか、他人を変えようとするのをやめて、自分自身を変えよう」と決意して、実際そのように変わったとする。そうするとこの発話行為は「成功した」ことになる。
だが、まさにその瞬間、①と②が崩れるだろう。
その人が変わったとすれば、その人は他者の言葉によって変えられたのである。①は「他人は変えられない」と語り、②は「変えられるのは自分自身だけだ」と述べる。しかし現実には、この発話者という「他者」が、「あなた=自己」を変えてしまったのだ。
つまりこの言葉は、成功すれば、自分が主張していることを自分で裏切るという構造を持っている。発話行為に成功した瞬間に、すべてが裏切られるのである。
何でこんな話をしたのだろうか。ここまでの話は単なる解くために作った論理パズルに過ぎない。そして得られる教訓もたいしてない。一つ言えるのは、真偽も出所も不明な言葉を信じて、他者を変えるのをあきらめる、ということは間違いだ、ということである。
[1] 詳細に調べてはいないが、エリック・バーンという精神科医の名言とされるこの言葉は、どうやら厳密に言えば「他人と過去は変えられないが、自己と未来は変えられる」というものらしいのだが、その厳格な出典を見つけることができない、出所の怪しい言葉である。




コメント